視聴メモ・マンガ夜話「宮谷一彦」

シリーズ第13弾 第54回 2000年3月8日放送

「肉弾時代」

 

1976年~1978年 太田出版(完全復刻版 1998年刊)

 

3:35頃 出演者挨拶での夏目房之介の絵がすごい。自作スクラップの山!

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9:20頃 いしかわじゅんにとって「ゴールデンスーパーデラックス大ヒーローなマンガ家」だそうだ。熱く思い入れを語り、司会の大月隆寛に「顔が女の子になってますよ完全に」と言われる(後の永島慎二回の時と同じ顔w)。

 

12:05頃 村上知彦「自分も参加しないといけないんじゃないかと思わせるような作家だった」

 

13:30頃 夏目「この時代に初めて、団塊の世代のちょっと後、いしかわさんとか僕とか村上さんの世代が“マンガ青年”というね、マンガが好きなコアな部分を作った時代なんですよ。そのコアな部分のヒーローなんですよ」

 

 16:35頃 夏目「COMに連載した『ライクアローリングストーン』は“私マンガ”と呼ばれまして、自分のことを描いてるんですが、そこでいきなり埴谷雄高に対する信奉が語られるんです。それが当時マンガ青年の話題になった人ですから」

大月「マンガだけ読んでては分かんないわけですよ」

夏目「まさにマンガで革命をやろうとした人なんです」

 

18:30頃 いしかわ「出て来かたがメッセージ色が強くて、例えばフォークソングみたいだったってさっき(夏目が)言ったけど、フォークソングとは違うよね。当時のフォークソングみたいにダッサくないの。かっこよかったんだよ(←言い方!)」

18:47頃 村上「その辺の資料として…」

はっぴいえんど「風街ろまん」のレコードジャケットを出す。ジャケットの中のイラストが宮谷。

19:20頃 夏目「これね…いい?(レコジャケを手に取りながら、常になく積極的にしゃべり出す)この絵は、こういう絵をマンガに使ったのは宮谷さんが初めてなんですよ。こういう緻密な、写真的な絵、光学的な映像をマンガに持ち込んだのは水木しげるつげ義春がいるんだけど、それを都会的な形で作ったのがこの人で、特にこれ、望遠圧縮風になってるでしょ。こう線路があって、真っ平に像が見えるじゃないですか。これをマンガでやって、しかもそこにスクリーントーンを緻密に入れて描いた、それをマンガの風景として使ったのが宮谷さんなんですよ。ものすごいこれ影響を与えた」

村上・岡田「パンフォーカス、奥まで全部焦点が当たってる」

夏目「都会っていうのが真っ平に見えるっていうことをマンガで実証し、ぼくらの都会感覚にぴたっと合ったのがこの人だった、この当時は」

いしかわ「はっぴいえんどがどういうバンドだったか、たぶん今の人たちは分からないと思うんだけど。当時、ロックって、英語でしか歌っちゃいけなかった、『日本語でロックを歌うなんて』って議論にさえなった、それを初めて日本語で歌ってロックとして成功させたグループだったのね。そんな先鋭的なロックアーティストが自分のアルバムにでっかくイラストを使いたいと思うようなタイプの漫画家だったの、宮谷は」

 

23:13頃 大月「最初は永島慎二タッチじゃないですか。それがこうある意味写実的なリアルのほうに回復していこうとする欲望が出てくるっていうのは時代もあったんですか?」

夏目「時代だと思いますね。都会感覚っていうものをマンガが掬い上げようとして掬い上げきれなかった時代に、この人がいきなりやっちゃったんですよ」

夏目、デビュー作を見せながら具体的に解説していく。

主人公の髪型を指さし「この髪の毛っていうのはアイビーカットといいまして、その当時私らみんなこれやってて、朝大変なんだこれ作んのが。つまりどういうことかというと、平凡パンチのアイテムなわけ」

いしかわ・堤満莉子「大橋歩だ」

夏目「デビュー作で全部この短編にぶち込むことができたっていうのはすごい力がある」

いしかわ「さすがにストーリーは今見ると他愛ないんだけどね」

村上「読者がそれ見て分かるかたちで全部はめ込んである」

大月「言い方唐突ですけど、全共闘のおじさんたちにとっての若い頃の岡崎京子だ」

カメラ、村上を映す。あごに手を当て、目をつむりながら考えてる。「……」

大月「ある意味では」

カメラ、村上を映してる。フレーム外夏目「ああ、ある意味では」

大月「自分たちの生活感覚みたいなものを」

 

25:30頃 夏目、自作の年表を出して解説しだす

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夏目いうところの「急進的娯楽作家」期について語るなかで

27:52頃 夏目「この辺で俺はね、映画や小説が持ってる娯楽性を日本のマンガが乗り越えたとさえ思ったの。」

 

「近代史・ポリティカルフィクション」期について語る。

夏目「労働運動の話とかから、北一輝が出てくるんですよ」

大月「それもう完全に当時の論壇とかの流れとシンクロしてますね。流行に敏感な人ですね、はっきり言って」

夏目「かわぐちかいじなんかも当時二・二六とかやってた。そういう流れです」

 

 

31:50頃 夏目「(宮谷は)たぶんものすごく嫌だったんだよ、ほんとに72、3年、昨日の話だけど、72、3年でこの日本の社会がガカーンと変わったのよね。だから大友克洋が一気に出てくるんだけど。その変わったっていうことが彼はすごく嫌だったんだと思う。それに対してカウンターを食らわせたいっていうのがものすごくあって。この人は気合が入るとどんどんどんどん重くなるから絵が。だから三島が自刃したってことにものすごく思い入れはあると思う」(三島の自刃:1970年11月25日 三島45歳)

岡田「72、3年で時代がガカーンと変わったっていうのは分かるんですけど、この人にとっては何が変わったんでしょう。宮谷にとっては」
夏目「さっき青臭いって言ったでしょう。そのまんまなんだよ。つまりマンガも時代も青臭かったんだよ。だからこの人が時代だったんだよ。」
岡田「なんかあれですよね、この人が思うような美学が通じない世の中になっちまったっていう
夏目「そうそうそう」

いしかわ「自分を否定されていってしまったんだよね。だから自分の寄って立つところがどんどんなくなってくんで…」

村上「自分が空回りしてるっていうのはどっかで分かってるから、それでもやるんだという美学をでも貫こうとしてる」

岡田「商業作家としてやりたいというのももちろんあったから、かつて自分が美学と思ってたものを正面から出したり、あえてそれをお笑いのギャグ風に転じたり、すごい悪い言い方ですけど、見苦しいまねもやっちゃったのが『肉弾時代』の中に入ってるから、宮谷さんずっと最初から追いかけてた人にとっては肉弾時代を代表作とされるとちょっとつらいところがある」

いしかわ「そりゃつらいよね」

夏目「ものすごいつらいと思う」

 

35:00頃 いしかわ「何が好きだったかって、俺が最初この人にイカレたのはね、ペンタッチなんだよ。デビューから2~4年くらいのペンタッチがね」

夏目「これね、みんなまねしたのよ、俺もまねしたんだけどね」

いしかわ「ペンタッチってね、ほらこのペンタッチが、って言ってもわかんないんだよ人には。ペンのタッチだから、線の強弱のただの。でもそれがね、すんごい新しかったんだよ。ほんとにこの強弱のはっきりついた、強弱がはっきりついてるってことは感情が入ってるんだよね。このキレのいいガシンガシンした線がかっこよくてね。それからこういうね、背景に線の掛け合わせを使うんだけどね、これをもうみんなすんごいまねした」

大月「これ宮谷さんオリジナルですか、よく見ますけど後の劇画なんかには」

いしかわ「丸い線の掛け合わせってのがね、ッかっこよかったんだよこれが(←言い方!!)。ほーんとにかっこよくてね」

夏目「俺のかっこいいのいい?」(←「ぼくのかんがえたさいきょうかっこいいみやや」状態w)

いしかわ「小道具がね、当時の青年を上手く引っ掛けるような小道具をうまーく使ってるんだよ。曲名とかね。今見るとそんなベタベタな曲名出すなよって思うんだけど」

夏目「いや第一、マンガの中で黒人のリズム・アンド・ブルースが出てくるとか、“ペンデットブラック”とかわざわざ横文字で言うとかってことがなかったの」

大月「そういうカッコのつけかた含めてファッションとしてかっこよかったんですね」

 

39:55頃 夏目「“自己愛のアクロバット”のモチーフ、こういうのをかなり初期から、マンガの中に入れ込んできてる人なんですね。マンガでこれやってもいいのかって僕らは思ったんです。当時」

岡田「“これ”ってどういうことなんですか」

夏目「要するにこの当時シュールレアリズムが流行っていて、シュールな絵というものは、あまりマンガと関係なかったんですね。それをマンガに一種の理念として入れ込む、だからメタファーの幅を広げたってことになります。それを意図的に入れ込んできたのがこの人」

いしかわ「ストーリーの説明をする以外のコマがあっちゃマンガにはいけなかったの、この頃は」

 

40:58頃 夏目「トーンを立体的に使ったっていうのもこの人なんです。都会の風景なんかだと、遠い風景とかだと線がないんです。ペンの線が無くてトーンだけで貼ってある。トーンの濃淡だけでビルが作ってあったり。それは完全に宮谷一彦の独創です。ものすごい影響を与えた。要するに何をやってたかっていうと、前衛的なものと娯楽的を橋渡しした、そういう意味では石森章太郎的な役割を70年代前後に果たした人です」

 

42:08頃 夏目「なんで大友と宮谷がカウンターになったのか。良いシーンでトーンを貼って重くするでしょ。あえて大友の逆を行った。意図的なんだけれども、ある意味で我々の視界から消えていってしまった理由なんです。それだけ話が重くなっちゃって、それまでこの人が持っていた軽快さとか速度感ってなくなってるんだよね。だけど僕が評価するのは(『天動説』のワンシーンを見せて解説)、これを見たときに、これで日本のアクションマンガは変わったと思った。これを見てくれないと宮谷の凄さはわからない」

 

45:44頃 岡田「感情が高ぶった、クライマックスの所で濃い絵を描いちゃうのって昔の人ですよね。今は、前シリーズでやった『ぼくんち』の西原理恵子なんかもそうだけれども、高ぶる頂点で絵を引くでしょ。キューブリックが『2001年宇宙の旅』で宇宙人描かなかったみたいに、一番すごいものは想像力に任せようっていうのが80年代以降のやり方なんだけれども、この人描いちゃうんだよな、一番すごい顔っていうのを」

 

47:22頃 いしかわ「宮谷一彦は後に残るマンガのテクニックをいっぱい開発してる。一番大きいのはね、“スクリーントーンを削る”ってのがある。これは今マンガを描いたことがある奴だったら誰でも知ってる。“スクリーントーンを削る”、“スクリーントーンを2枚3枚重ねる”、“スクリーントーンを砂消しゴムで消す”、そういうのを全部、この人が見つけた」

大月「当時スクリーントーンまだ高いですよね」

いしかわ「1枚700円くらい。べらぼうに高い。」

いしかわ「『性紀末伏魔考』160ページの上のコマをOHPで見せてほしいんだけど。スクリーントーンって昔からマンガ家は使ってたんだけど、中間色には細かいアミ(ドット)、61番とか81番とか細かいのを使ってた。宮谷はそれをね、もっと大きい、41、21、11番くらいのを使ってたの。中間色を大きいドットの点で表すのは何かっていうと、新聞とか雑誌の印刷なんだよ」

大月「印刷した写真を表現しようとした」

いしかわ「今は印刷の技術が良くなってるからドットにならないんだけど、昔の印刷は新聞とか全部ドットだったの、よく見ると。それを手描きで表現するにはどうしたらいいかって考えて、粗いドットのスクリーントーンを貼るってのを考えたの。これはね、今考えると何てことないんだけど、本当に画期的なことだった」

 

50:57頃 岡田「でもね、ここまで画期的で、いろんな技法を発明して、当時カリスマ的存在だった人が、76年に新作も描いてるのに、なんで今消えたの?」

いしかわ「時代と上手くシンクロできなかったってことだよね。極簡単に言ってしまえば。この人の望むものと世間の望むものとがついに一緒にはならなかったね。デビューから数年の頃、マンガマニアの支持をすごい受けたの。で、それに意を強くしてこの人はどんどん走っちゃったんだよ。俺たちも一生懸命ついて行ったんだけど、ある時からもうカンベンして、って背中を見送っちゃったんだよ。俺が見送るくらいだから、普通の人は見送るよ。ついに皆息切れしてハアハアいってるのをあの人は一人だけタタタタタタといつまでも走っちゃったわけだよ」

岡田「なんか富野由悠季ガンダムの話聞いてるみたいだ(笑)」



51:52頃 夏目「今いしかわさんが言ったことっていうのは、僕なんかも描いてたし、だからよく分かる。だけど描いてる人にしか分からない話なのよ。それだけコアだったってこと。それともうひとつは、そういう話し方をすると単なる技術革新って取られるんだよ。そうじゃないんだよね。つまりドキュメンタリーな映像というのが我々にとって日常になった時代にね」
大月「そういうこと。それそれそれ。絶対それ」
夏目「ドキュメンタリーっていう映像が我々の日常の中にテレビを通じて入ってきて」
大月「リアルが変わったんです」
夏目「リアルな位相が変わったんです。で、それを的確に捉えてマンガに導入した人なんです」
岡田「マンガっていうのが完全なフィクション空間だったのをノンフィクションと混ぜちゃったんですね」
夏目「そうです。そういうことです」
大月「それはマンガだけの問題じゃなくて、映画とか、当時の高度経済成長期終わりかけくらいの情報環境っていうのが変わっていって、我々日本人にとっての本物らしさとか手触りが変わっていったことを反映してるわけですよ」
いしかわ「当時色んな媒体で“リアルであること”っていうのが価値になり始めた」
大月(いしかわ発言にかぶりながら)「ノンフィクション、ルポルタージュ出てきたのこの頃でしょ? 正にそれと時代的にシンクロしてるわけですよ」
夏目「あさま山荘がよく象徴されるよね、あの映像をマンガできちっと捉えられた人なんです。だけど、それがために、時代がその後そうじゃなくなったでしょ、白っぽくなったでしょ、ほんと時代と刺し違えて行っちゃった人で、自分が刺し違えた相手だから絶対にこの人は媚びないわけだよ。で、本人は消えてないっていうのね、『編集者が消えたんだ』って」

 

54:32頃 岡田「さっき話出てた、大友克洋が出たからこの人が消えざるを得なかったって側面はあるんですか?」

夏目・村上「直接はない」

村上「時代の感覚としては変わってたっていう」

大月「後で考えるとっていうね」

岡田「大友克洋もその時代のリアルを画面に持ち込んだわけでしょ。大友克洋が描こうとしたリアルと宮谷が描こうとしたリアルって違うわけじゃないですか」

夏目「裏表みたいに違う」

岡田「宮谷が描こうとしたリアルっていうのは四畳半の中の畳とかこたつの布団の描線を細かく描くことで、大友克洋が描こうとしたリアルっていうのはコンクリートの端の欠けを描こうとするリアルで、ディティール描くことに関しては同じなんだけども、方向性違うわけですよね」

夏目「大友克洋も最初はちょっと宮谷風の真っ黒い絵描いてた。それから一気に白くなる。それが出た時に僕らは『あ、こっちだ』って思っちゃったわけだよ。だから単に見送ったんではなくこっちだって大友さん…」

(夏目発言にかぶりながら)岡田「時代が切り替わったっていうのはそれは同時に夏目さん達にしたら自分達が見捨てたっていうのもあるわけですか?」

夏目「う、うーん」

村上「少しある…」

岡田「うわーすごい苦しそうな顔してる」

夏目「苦しいよだって…。だけど大友さんがあったから『これだ』って僕ら確信を持ってたから、見送らざるを得なかったってのがあるんだよね」

大月「新聞がリアルの中心であった時代のリアルですよこれは。大友さんの頃は新聞は中心で無くなり始めてるんですよ、わずか数年の間に。その落差だと思いますよ。それは我々の時代の情報環境がこれだけ変わったっていうことのまさに裏表なんだと思いますね」

岡田「大友さんの『AKIRA』のオープニングなんてさ、コンピューターのドットの粗い画像の引きから、ビデオ画像から入るから、そりゃ世代が違うんだよな」

いしかわ「『AKIRA』の最初のシーンだって、今から見れば何これってことになってるじゃない。そりゃ仕方がないことなんだよな」

岡田「みんなそうやって乗り越えられていく」

いしかわ「書き手の宿命なんだよね」

夏目「時代の残酷さっていうのを感じるよね」

 

57:07頃 いしかわ「宮谷がだんだん時代とずれてった、大友がここんとこ何年か描いていないってことは本人も真ん中にはいられないと思ったってことだと思うんだけど、そういう風にずれていってはいても、普遍的な部分って、共通する、どっかに一本、あると思うんだよね。それを宮谷はしっかり握ってて、だから俺にもまだ描く部分があると、少なくとも本人は思ってるんじゃないかな」

 

 

 

 

 

最後に、オヤジたちのイイ顔!

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